日常の中でふと意識してみると感じる自然の美しさ

僕の生まれた町は近くに秘湯と謳っているような温泉街が近くにある俗にいう田舎です。僕自身、高校を卒業してから暫く実家を離れており、その後営業関係の仕事をしていたこともあり転勤で実家から通勤可能なところへ移動になった時などは実家から通ったりもしていました。そして今は結婚をし、同じ市町村ですが離れて暮らしています。

 今の子供たちと言ったらゲームやアプリなども含めあまり外に出ることが少なくなっているようにも感じますが、僕の住んでいた町では山が近くに多かったことなども踏まえ、毎日のように外で遊んだりしていました。また小学生の頃からですが、春と秋にはコメの田植えや稲刈りなどもありその時期には必ず手伝いをさせられておりました。多分単純に今と30年前くらいの中で暮らしに役立ついろいろな物の発達の中で随分と違うのでしょうが。そんな中、普段何げなく生活して以前は当たり前のようにあった風景も今の生活圏では中々めにしないようになってきました。

 そんな中、今年5月に父親にガンが見つかり直ぐにでも入院をして放射線治療と抗がん剤治療に入るということでした。僕も関東に嫁いだ2歳年下の妹も今まで父親がそんな事になるとは想像もしていなかったので、落胆した母親も心配でまず妹がすぐに実家に戻り2か月間母親と父親の面倒をみていましたし、僕もこの時期はまず田植えがあるので色々と近所の人に助けて頂きながら何とかやっておりました。僕の家の田んぼは家から随分山の中に入ったところにあります。お昼に戻ったりしていると移動だけで往復45分以上かかるのでみんなでお昼はおにぎりを持ち寄ったり、インスタントラーメンを作ったりと過ごしていました。移動がなくなった分少し時間にも余裕ができ、子供のころによく父親についてきて遊んだりしていたところを懐かしく見ていました。ふと足元や道の端を見ていると時期的にも山菜が出始めるころということもありまだ生い茂る前の緑の中に茶色い地面が見える景色が新鮮と同時にすごくきれいに感じました。

 時が過ぎ、父親の治療も通院のみの抗がん剤治療に変わり、時間とともに少しずつ力が衰えていく父とそんな父をみてたくさんの近所の方が手伝いに来てくれ、稲刈りを行いました。本当に大勢の方が手伝いに来てくれたおかげもあり、予想していた時間を大幅に短縮することが出来ましたし、父にも休んでもらう時間ができました。通常稲を刈った後、脱穀をしそのとれたコメを農協の倉庫で乾燥してもらいます。みんなの気遣いもあり、その役目は僕と父で行いました。普段はあまり一緒に乗らなくなった軽トラックから今の父の状況など半年の間に色々あったことなど、二人になると感慨深くなりました。今色々なことをまだまだ父親から教えてもらいたくて春芽を出し始めた山菜が成長するとどんな草花になるのかなどを話していました。

 自分の生活環境が変わると本当に見えるものが変わってくるという事、父と一緒にまだまだ頑張っていきたいと家族で強く思うと自分の生活まで色々といい方向に変化していくものだと初めて強く感じました。

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